政権交代に向かって一直線
5月11日、小沢一郎代表は、政権交代実現に向けて「挙党一致」の為という理由で、突如代表を辞任する表明をされた。私は、当然、小沢一郎代表で総選挙を闘うべし、との意見であったから、これが実現出来ないことは残念である、と率直に思ったが、同時に小沢代表が決断をされた以上、この決断を重く受け止め、5月16日に選ばれた鳩山由紀夫新代表の下で、政権交代、即ち私の立場で述べれば、江東区の選挙区において断じて勝ち抜く、という新たな決意をしたことをここに記しておきたい。
小沢一郎秘書の逮捕・起訴の問題は、「小沢個人」の問題ではなく、政治家全員に関わる問題であり、究極的には日本の民主主義そのものに関わる問題です。
小沢代表が辞任を決断した背景には、政治資金規正法違反容疑で逮捕・起訴された小沢氏秘書問題の党内への影響があります。
そもそも私は、この問題が本当に違反なのか、疑問に思っています。政治資金規正法に則り、収支報告書を提出している全ての政治家に求められている献金についての記載は寄附行為者で、その資金の拠出者ではありません。そして、その資金の拠出者を認識していても、それだけでは違反は成立しません。にもかかわらず、それが違反だから虚偽記載罪にあたる、というのが今回小沢氏秘書の摘発の前提です。これがそのまま適用されるならば、寄附をもらっている政治家は、収支報告書の記載をどのようにすれば良いのか分からなくなります。少なくとも検察は、「摘発となる虚偽記載罪の解釈についての説明」が必要だと私は思います。
同様の摘発が許されて良いはずがない
ルールに基づいて行動していたところ、いつの間にかそのルールを変え、新しいルールに従えと言われても、事前に新しいルールが明確に示されなければ、正しい行動を取れるはずがありません。今回の検察による捜査は、この種のものだ。驚くべきことです。このことが許されれば、同様の捜査・摘発に歯止めが懸からなくなります。
その意味で、今回の小沢氏秘書の問題は、「小沢個人」の問題ではなく、政治家全員に関わる問題であり、検察の思惑一つで政治全体を動かしてしまうという意味で、日本の民主主義のあり方に関わる重大な問題をはらんでいる、と私は思います。
しかし、多くの人々が、今までとは比較にならない程、声を掛けて下さる理由は、私の、今日までの活動の結果というよりも、民主党全体に対する有権者の見方に、大きな変化が生じていることにある、と私は信じている。
マスメディアの責任、そして政治家の見識
今回の問題に対するマスメディア(新聞、テレビ等)の報道は、一般論として言わせて頂くと、あまりにも酷い、と言わざるを得ません。問題の本質を問うことなく、政局問題に終始し、「小沢降ろし」一色になってしまった。検察の捜査と政治の関わり、という事件の本質については論じていません。「小沢降ろし」という一方的な報道によって形成される「世論」とは、いみじくも私の友人が指摘してくれたことだけれども、「マスメディアによって作られるその時の気分」以外何ものでもありません。メディアの責任は大きい、と同時に、有権者と日々接触している政治家の見識が問われていると言わざるを得ません。
政権交代は簡単ではない
マスメディアの政治に対する影響は、極めて大きい。したがって、小沢一郎前代表が言われているように、民主党議員・候補者が文字通り結束して、政権交代目指して突撃していかなければなりません。1955年以降、即ち現在の自民党中心の政治が始まって以来、民意によって政権が変わったことがありません。ということは、長い期間に亘って慣れ親しんできた政治の有り様を変えることに、良しとしない諸勢力がありとあらゆる分野に存在し、政権交代を阻む抵抗勢力になると、いうことです。この抵抗勢力とは、与党であり、改革を好まない官僚であり、体制に寄り添うマスメディアであるということを明記しておく必要があります。
何故政権交代が必要なのか
これまでの私のレポートを通じて、常に私が訴えてきていることは、「政治を変えよう。政権交代をしなくてはダメだ」ということです。そして何故政権交代が必要か、ということについて論じてきました。
今回のレポートでは、特にこの20年間に借金漬けなってしまった日本の社会を脱却させる為には、どうしても政権交代が必要だ、という視点から述べてみたいと思います。
借金ゼロの国が借金大国になった
先の戦争に敗れて以来(1945年)、20年間日本は借金をしていません。つまり国債を発行していません。1965年、東京オリンピック後のいわゆるオリンピック不況脱出の為の建設国債を発行するようになり、1990年バブル崩壊までに、建設国債と赤字国債を合わせて166兆円の国債残高になりました。しかし、この借金で道路、ダム等の建設を行い、日本の高度経済成長に寄与し、未来の投資になったことを誰も否定しません。問題は、これ以降です。つまり、バブル経済が弾けてから、国の借金は新たに約400兆円加算され、2008年度の段階で553兆円になりました(地方債225兆円を除く)。これは、そのほとんどが官僚と自民党族議員の鉄の癒着によってその関係部門に流れました。言葉を換えて言えば、「未来への投資ではなく、過去への投資」だったのです。
未来への投資ではなく、過去への投資
−自民党政治のなれの果て−
政治は結果です。自民党中心の政治は、結局のところ時代の変化、日本国民の人口動態変化に対応出来なかった、と断言して良いと私は思います。具体的に述べれば、高齢者の福祉、働くお母さんの為の保育園、そして環境対策についても太陽電池等が置き去りになったことを見れば明らかです。
民主党は、自民党政治からの脱却を目指している
政府与党は、2009年度の予算成立後、10日後に15兆円強の補正予算案が提出されました。言うまでもなく私は、昨年秋からの金融危機、それに続く経済危機に対応する為の財政出動の必要性を否定するものではありません。しかしその中身を見れば、将来の世代に希望を与える投資は殆ど無く、バラまきマシンに化した姿がそこにあります。子供・孫の世代の財産を食い潰す、従来の発想に基づく政治の運営です。既存の発想の延長線上からは、何も生まれない。夢も希望も。だから新しい発想に基づく民主党中心の、自民党政権に代わり得る政権が必要なのです。
民主党が政権を取れば何が変わるのか
日本は、国家としての目的を忘れて漂流しています。明日の日本を大丈夫にする為の問題が山積しています。しかし政府は、政策に優先順位を付けることが出来ません。政府は、まるで頭脳のない内臓だけの体に成り果てました。それが、そのまま今日の日本の姿であります。
民主党が政権を取れば、族議員がいなくなるわけですから、無駄と私達が思う予算のカットを断行します。時代の波に乗り遅れた部署はいらないのです。コスト意識のない役所は「とにかく切れ」でなければ変わりません。そこまでやらず、消費税率を上げるなど許されないことです。
民主党が政権を取れば、優先順位の第一として、まず国民生活の不安を取り除く政策を実行することになると思います。族議員や官僚の味方ではなく、働くお母さんの味方、寒村のお年寄りの味方、都会で一人暮らすお年寄りの味方であることを、はっきり示す政策を実行します。その具体的な内容は、既に読者の皆さん方に示してきている通りです。
そして、次の段階で将来の国の明暗を分ける分野、即ち少子化、介護、女性の社会進出、環境、エネルギー、海洋、宇宙、科学技術、農業、移民政策についての青写真を作ることになると思います。さらに、安全保障の分野に関しては、本質的な視点から、日本は国益を定義し、その実現の為に何が必要か、という当たり前のことを自分の頭で考えられる環境を作り上げていくことが必要だと思います。
さあ、新しい日本の歴史の1ページを、一緒に開こうではありませんか
次回は6月号になります。…
2009.5.23



























